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佐久間裕幸の著作

バーチャルカンパニー経営術

ASCII月刊「netPC」連載記事

ビジネスマンのための――バーチャルカンパニー経営術

第13回 シリコンバレーの見聞録(その2)

今回は、前号で触れたシリコンバレーの強みに対して、シリコンバレーの持つ問題点やシリコンバレー(ないしはアメリカ)に比較しての日本企業の課題について触れてみたいと思います。


■■シリコンバレーでの経営

シリコンバレーでは、実際に会社を経営している人にも話を聞いてきました。「シリコンバレーには、全米いや世界中から優秀な人材が 集まっているから、今ここでやっているプロジェクトを日本でやろうと思っても人材を集める事が困難で実行は不可能でしょう。」と語るのは、新日鉄をリタイ アした後でシリコンバレーで起業しているSpruce Technologies,Inc.の曽我社長です。とはいえ、ヘッドハンターを使っても、優秀な人材を集める事はなかなか大変な事です。そのために支払 うフィーだって馬鹿になりません。また、苦労して集めた優秀なエンジニアでも魅力がなくなれば簡単に引き抜かれるというのが実態です。「この間なんか、う ちの開発要員5人に軒並み電話がかかってきてね、ひやりとさせられたよ。全く息は抜けませんよ。ここでは従業員に自分のやっているプロジェクトに常時夢と 希望を持たせ続けていないと駄目なんです。魅力なくなったら途端にやめていってしまします。」と語ってくれました。


また、シリコンバレーはある種のゴールドラッシュのような街ですから、会社を経営する人だけでなく、従業員も自分の働きに応じた一 攫千金を狙っています。ですから、シリコンバレーでは、IPO(株式公開)を前提にストックオプション制度を導入していない会社には力のある人材は寄りつ きません。日本のあるベンチャーキャピタルがアメリカ人のキャピタリストを集めてベンチャーキャピタル事業を行い、投資先が株式公開したことで大きな利益 を会社にもたらしたにも関わらず、この日本企業がアメリカ人キャピタリストたちに成功報酬を支払わなかったために彼らが一斉に退社してしまい、この米国で のベンチャーキャピタル事業からいったん退かざるをえなくなったという有名な話があります。
郷に入れば郷に従わないとこういうことになるという典型的な話として複数の人からお聞きしました。


■■日本の100%子会社ではシリコンバレーに進出できない

こうしたことを考えると日本企業がシリコンバレーに進出しても、一般的にはうまくいかないということがわかるでしょう。まず、日本 企業は、アメリカの従業員にだけストックオプションを出すといった平等を欠く人事制度を導入することが難しいと思われます。今般の商法改正でストックオプ ション制度が導入されたとはいえ、少なくとも日本の上場企業には事業が成功したら従業員一人当たり1億円前後が手に入るような報酬制度を作るような度胸が あるとは私は思いません。
また、シリコンバレーにオフィスを置くある日本企業の駐在員は、「日本企業には何でも100発100中を求める企業風土があるので、シリコンバレーの企業 に資本参加したり、日本での販売代理店契約を締結する際にも苦しむことになる」と語っています。つまり、シリコンバレーといえども会社を興せば、みんな成 功するわけではありません。9割以上は、何年かして消えていきます。その際、「投資が無駄になった。あの案件の稟議を出したのは誰だ」といったニュアンス の人事考課が日本企業には存在しています。ベンチャーキャピタルのような投資が専門の会社でも20社に投資して、株式公開にまで至る成功事例は1~2社 で、この企業への投資額が20~30倍になって返ってきます。残りの18~9社は、倒産したり、リビングデット(鳴かず飛ばず状態)で資金は死んでしまい ます。これら全体でプラスにすることで彼らの経営は成り立っているわけです。
つまり、投資には必ずリスクが伴うわけで、ポートフォリオとしてプラスになればよいわけです。投資先や代理店契約料を支払ったうちの1社が倒産したからと いって、大騒ぎすること自体ナンセンスといえます。しかし、これが日本企業に共通する企業文化であることは事実です。


■■金は出しても口は出さないが理想?

シリコンバレーでは、ベンチャーキャピタルが経営者をアレンジしてくれたり、メンターが経営上の相談相手になってくれたりというこ とで、若くて経営者としての経験がない起業家でも会社を大きくすることができるという話を前回書きました。しかし、それによって却って会社の経営が攪乱さ れたり、取締役の間での意見衝突はないのでしょうか。結果として創業者が会社を去るという話は、アップル社などの多くの会社で見られます。というより、著 名な会社で創業者がCEOを続けているのは、マイクロソフトとインテルだけという言い方すらできるかもしれません。「そりゃ、金だけ出して口は出さない方 が創業者としてはありがたいし、みんなそういう出資者を探しているんですよ」と前出の曽我氏は語ってくれた。ダッシャー博士も「設立された会社のうち、9 割以上が失敗しているわけで、取締役同士の意見対立はその大きな原因の1つだと思います」と語っている。しかし、「ただ、アメリカの場合、そうした意見対 立はあっても、それぞれの立場からでてきた意見であるということを理解し、相手の専門能力を尊重しあうという風土が多少強いかもしれません」と付け加えて くれた。日本より職能の分化がはっきりしている国だけに対立はあっても、日本での対立ほどには深刻ではないのかもしれないと思った次第です。


■■では日本企業は駄目なのか?

こうした取材の中で印象的だったのは、ダッシャー博士が「(大きくなった)企業組織の中からイノベーションを生み出す機構は、日本 企業に見習うべき点があるかもしれません」と語ってくれたことです。私は、従来から「日本だって画期的な製品を生み出す創造性はあるんだ、ソニーのウォー クマンを見てみろ、カセットを屋外で聞くというカルチャーを世界に広めたんだ」と言っておりますが、そういう点を指しているのかもしれません。確かにソ ニーでウォークマンを生み出した開発陣は、社長表彰くらいはもらったかもしれませんが、ストックオプション的な金銭的報酬は受けていないでしょう。イノ ベーションが企業を生むのがシリコンバレーで、企業がイノベーションを生むのが日本だということができるかもしれません。これを考えると日本の場合なまじ なベンチャー支援をするより、企業内でのイノベーション機構の活性化を促進する工夫を進める方が画期的な製品やサービスを生み出すことに直結するかもしれ ません。なぜなら、現状の日本の風土では優秀な人材の多くは、官僚と大企業に進んでいるわけですから。


■■資金の調達

「アメリカなら企画書にお金が出る、それに比べて日本では担保がなければ資金の調達ができない」と言われます。しかし、実際にはあ まり変わらないかもしれないとも思いました。なぜなら、ベンチャーキャピタルに投資をしてもらうには、株式公開が前提にならなければなりません。「日本で は担保がなければ・・・」と愚痴をこぼす人のどれだけが株式公開を前提としたビジネスのビジョンをもっているでしょうか。J.Kaplanの 「STARTUP:A Silicon Valley Adventure」(邦題「シリコンバレーアドベンチャー」日経BP社)を読むと、数十社のベンチャーキャピタルや大企業にプレゼンテーションして、そ れでも資金が出てこなかったりするシーンが出てきます。また、前回書いたように世界中から資金が集まってきている大手のベンチャーキャピタルでは、ファン ドを管理する都合上、数百万ドル単位以上の投資でないと、そもそも審査すらしてくれないと言います。我々も資金が調達できないと愚痴をこぼす前に、投資を する気になるような事業プランを持っているのかどうか、また、そのプランをもって何十回とプレゼンしたのかどうか、自分自身に問いかけてみる必要があるの ではないでしょうか。


■■ネットワークの重要性

今回、シリコンバレーを訪問して感じたのは、人的なネットワークの重要性です。ダッシャー博士と1時間半ほど懇談した段階で博士か ら「もうしばらく滞在しているなら、こんな人にもコンタクトを取ってみなさい、私からも紹介した旨のメールを打っておいてあげるから」と3人ほど紹介さ れ、アポイントを取るメールを出したら、1人は出張中のようでしたが2人にはすぐにコンタクトが取れ、お会いすることができました。日本では相応の地位の 人にメールを入れて、数日先のアポイントが入るというのは信じられません。ボイスメールが普及していることともあわせて、情報のやり取りの密度と速度が日 本とは違うと感じました。
日本人駐在員もかなりの数がシリコンバレーにいるようですが、彼らのネックもネットワークにあるような話を聞きました。すなわち、数年で日本に帰ることも 多い駐在員では、シリコンバレーに根づいたネットワークの中に入る時間が不足しており、どうしても表面的な情報しか入手できないという話を聞きました。反 対に、中国人は華僑の伝統があるのかもしれませんが、中国人同士が出会えばそこから一生の付き合いとでもいうような独特のネットワークが形成されているよ うです。「彼らは、他国の人が泊まるような宿泊施設には泊まらないし、知り合いもなく500ドルしか持たずにこっちへやってきて、いつのまにか部屋をシェ アする友人を見つけ、仕事を見つけ生活している奴がいる」という話を聞きました。この話を聞いたときには、一緒にバングラディシュ人の方がいましたが、彼 も「我々にも信じられないですよ」と語っておりました。
となれば、経営もインターナショナルでないとネットワークが充実しないことになります。シリコンバレーのT-ZONEを立ちあげたディレクター中林さんの 話では、T-ZONEでは、10人のマネージャーは、日本人、アメリカ人、フランス人、バングラディシュ人などで構成されており、「日本なら、ここはこう する」「いやアメリカでは・・・」というディスカッションを経て、店舗運営方針が決まるとのこと。こうしないと、世界中の人が集まるシリコンバレーで、世 界中の人の欲しがる商品を揃えられないのでしょう。


以上で私のシリコンバレーの見聞録ということになりますが、滞在期間が短かった割には、大きな収穫がありました。やはり、実際に見なければ駄目、人と会わなければ駄目ということでしょうか。

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