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佐久間裕幸の著作

電子取引データ保存と仕入税額控除の問題点

ぎょうせい「税理」99年7月号 [疑問の実務]

4 疑問3 電子取引データの保存がなされていない場合に、仕入税額控除が否認されるのか

上述のようにいろいろ解釈はできるものの、電子取引を行っている企業で仕入れ税額控除が否認されるべきではないという方向性については多くの賛同を 得られるであろう。しかし、個別の事例において是認か否認かを判断しなければならない税務の執行においては、方向性だけで進むわけにいかないのも事実であ る。その具体的な事例として、電子取引データがコンピュータトラブルなどで失われてしまっている場合の仕入れ税額控除の取扱いについて考えてみたい。


解釈1(施行令49①二該当説)の場合、もともと保存要件がないデータの保存が失われたのであるから、仕入れ税額控除が否認される 心配はない。ただし、取引が電子取引によって行われているからこそ、やむを得ない理由として認められるのであり、その電子取引のデータが失われた場合、や むを得ない理由があったのかどうかが証明できないことになる。当然のことながら、電子取引のための設備が存在することやトラブルにより失われていない期間 の電子取引データにより電子取引が行われていたことの間接的証拠は提示できる場合が多い。しかし、「帳簿及び請求書等」に関する消費税の解釈は極めて形式 的かつ厳格であるという現実と照らすとやむを得ない理由があったか否かが判断できないということで、仕入税額控除を否認されるのではないかという不安があ る。


解釈2(準請求書等説)と解釈3(仕入控除不充足説)の場合、電子取引にかかる取引情報の電磁的記録も仕入れ税額控除の要件を構成 することになる。したがって、これらの解釈によった場合、電子データが失われている場合には、仕入れ税額控除が否認されることになるのである。しかしなが ら、従来保存義務が定められていなかった電子取引データが、保存できているか否かで仕入れ税額控除が認められるかどうかが決まるのでは、電子取引データの 保存にかかる企業の負荷があまりにも高いように思われる。



5 立法論的な解決の必要性

以上の検討をまとめると次の表のようになる。


解釈 法30⑦の請求書等に該当 仕入税額控除はできるか 電子データが
失われた場合
電子データ=請求書等説 該当 できる 仕入税額控除不可
電子データ請求書等非該当説1 施行令49①二該当説 非該当 令49①二の適用 可能
電子データ請求書等非該当説2 準請求書等説 非該当 請求書等に類する 不可
電子データ請求書等非該当説3 仕入控除不充足説 非該当 該当しないができる 不可

このように施行令49①二該当説以外は、電子データが失われた場合、仕入税額控除が認められないことになる。これは、従来電子取引のデータが税務上 の保存書類とされてこなかった経緯やそうした経緯を受けて、電子取引データについて国税関係書類としなかった電子帳簿保存法第11条第2項の趣旨、さらに は、電子帳簿保存法制定のきっかけとなった高度情報通信社会推進本部の方向性に反するものである。


そもそも電子取引が取引量の多い業務、すなわち売上、仕入業務に適用されることが多いことを考えると、仕入税額控除が否認されたと きに企業に及ぶ影響額も大きいことになる。EDI取引をはじめとする電子取引は、企業実務として普及過程にあり、取引データを長期間保存する実務も浸透し ていないのが現状である。こうした段階で電子取引に係る電磁的記録に対して、国税の取扱い上、従来の紙の書類同様の機能を与えたのでは、電子取引の進展を 阻害しかねない。新たに電子取引の保存義務を発生させる上で、あまりにも保存にかかる重大な負荷を企業にもたらすべきではないという考え方が、電子帳簿保 存法第11条第2項の規定の趣旨であると筆者は理解している。たとえば、電子取引の保存が完全でなかったために、帳簿書類の保存義務違反として青色申告を 取り消すようなことになるリスクがあったのでは、電子取引など危険だということになってしまうのである。電子帳簿保存法の制定で電子取引データの保存義務 を定めることが仕入税額控除にまで影響を及ぼすのであるなら、納税者にも相応の準備期間を与えるべきであり、電子帳簿保存法の制定から施行日までの期間は あまりにも短かったといわざるを得ない。


以上の解釈論がすべてでないかもしれないが、解釈論による解決が難しいということは、法律の条文に難があるということになる。法的安定性を確保するためには、法令自体を改正して、納税者が法律の適用に疑問を感じないようにすることが必要であろう。

電子帳簿保存法第11条第2項自体にも問題がないわけではない。すなわち、企業が電子取引に係る取引情報の電磁的記録を保存してい ない場合、当該電磁的記録は、国税関係書類以外の書類であるから、法人税法等の帳簿書類の保存義務違反にはならない。したがって、青色申告の取消しその他 の罰則的な取扱いをすることができない。電子帳簿保存法自体に罰則規定はないから、電子取引の保存は、企業の良識にゆだねられていることになるからであ る。


ただし、電子取引の保存義務は、従来存在していなかった経緯ならびに電子取引の実務が進展過程にあり、税法が電子取引の進展を阻害してはならない(税制中立)ために電子取引が企業実務として定着するまでの期間の規定であると理解すれば、現状は改正する余地はない。


結局、問題となるのは、消費税法第30条の「帳簿及び請求書等の保存」であるということになる。そもそも課税の原則は、企業活動に より生じた課税要件の実質に課税するのであり、形式的な書類に課税するのではない。したがって、課税の公平を図る上で、課税当局が実態を把握できない場合 は別として、実態さえ把握できるならば、その実態に課税するべきであり、帳簿や請求書等の有無や記載要件の充足は、実態把握の上での副次的な存在であるべ きである。たとえば、総勘定元帳の電力料勘定のページに日付と金額が書いてあれば、摘要など記載がなくても、東京都内の企業なら東京電力への電気代の支払 いであることがわかる。計上金額など内容が正しいかどうかを確かめるには、請求書等を見る必要があり、摘要に「電気代、東京電力株式会社」と書いてあれ ば、請求書等の閲覧なしにこの取引の実在性が裏づけられるというものではない。実際、多くの国税の規定は、実質課税で貫徹されており、こうした無意味な記 載を強制する消費税法第30条の形式主義がクローズアップされる。請求書等がなくても、帳簿や支払いの証憑から仕入金額が確認できる場合、法人税法上は仕 入金額は損金として認められるが、消費税に関しては、仕入税額控除が否認されるという事態において、消費税法の形式主義に疑問を感じざるを得ない。


そもそも申告納税制度が始まる以前より、企業(商法上は「商人」)は、営業活動上の財政状態と経営成績を把握するために帳簿の作成 を義務づけられており、商業帳簿の10年間の保存義務を定められていた(商法第36条)。こうした実態があるから、それを適正な課税の執行上の証拠として 活用する法人税法・消費税法の体系ができるのであり、税法が帳簿書類の詳細な記載要件を定めたり、保存がないという事実をもって否認するといった規定をお くことは、企業に対し税務のためにする帳簿書類の作成を強要することになるのではなかろうか。消費税法第30条第7項の規定は、電子取引の進展を阻害する だけでなく、実質課税の原則に反する規定であるように思われる。この規定がなくとも悪質な事例に対しては、仕入税額控除の否認はできるように思われるが、 読者諸賢のご意見を賜れればと考える次第である。

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